2019年2月。
一人の高次脳機能障害のある方への支援が始まりました。
当時、私たちが最初に取り組んだのは、「働くための訓練」ではありませんでした。まずは、一人でバスに乗って、センターまで来ることでした。

職員も一緒にバスに乗り、乗り降りの段差や手すり、乗り換えにかかる時間などを、一つずつ確認しました。昼食を注文するときには、電話をかけ、自分で番号を押して注文する練習もしました。
そんな日々の中で、ある日は乗るバスを間違え、目的の停留所を通り過ぎて、終点のフローランテ宮崎まで行ってしまったこともありました。
ご本人からセンターに電話があり、職員が迎えに行きました。そしてもう一度、バスの番号や時間、行き先を一緒に確認しました。
失敗したから、できないと決めるのではなく、どうすれば次はできるのかを一緒に考える。その繰り返しでした。
やがて、一人でバスに乗ってセンターへ来られるようになりました。
その日の記録には、「今日は、無事に乗り過ごす事無く来れました」というご本人の言葉が残っています。「バスに乗るのも毎日ドキドキで……」と話されたこともありました。
一人でバスに乗ること。電話をかけること。時間を確認すること。困ったときに誰かに連絡すること。一つひとつは、日常の中にあることです。

けれど、高次脳機能障害によって、それまで当たり前にできていたことが難しくなることがあります。
私たちは、この方への支援を通して改めて考えるようになりました。
暮らすことと、働くことは、つながっている。
そして、病院を退院したあとも、その人の暮らしは地域の中で続いていきます。その「その後」を、誰が、どのように支えるのか。
一人の方への支援から始まった問いは、その後、医療機関や地域の支援機関との連携へと広がっていきました。
現在は、高次脳機能障害のある方への支援について、地域の支援者が一緒に学び、考える実務者研修にも取り組んでいます。


始まりは、大きな事業や計画ではありませんでした。
2019年2月、一人の方に必要なことを、一緒に考えたこと。そこから始まった支援が、今につながっています。
支援の広がりをたどる
高次脳機能障害のある方への支援を、新たな支援の仕組みとして考えていた当時の記録です。